少しばかり前、トヨタはCMで「ドラえもん」の実写版をでっちあげた。それはもう、目を覆いたくなるような醜いCMだった。金、金、金さえあれば、どんな無法だって許される。作者がくたばってりゃ、さらにやりやすいってなもんだ。かくて、実在こそせぬものの永く大衆に愛されてきた架空の人格たちが、次々と資本の前に屈して汚れてゆく。マネー。マネーイズクレイジー。(浜省)

そう遠くない将来、宮崎駿や高畑勲、鈴木敏夫たちの没後のことを考えると今から頭が痛い。ジブリの版権キャラなんて、ありとあらゆる大企業が欲するに決まっている。ナウシカがチコの実ならぬキャラメルを食べてニッコリ笑い、トトロがスナック菓子をメイに手渡すだろう。海賊ドーラは丸大ハムにかぶりつき、イタリアのブタはサイゼリヤ、魔女のキキはヤマザキ春のパン祭り、ポニョは元気にチキンラーメンをすするのだ。そして節子はサクマドロップをなめるのだ。いや、節子はなんだかそれでいいような気もするけれど。鈴木P、ちゃんと未来を睨んで版権を整理しておかないと、この悪夢はそう遠からず現実になるよ。賭けてもいい。


“そもそも、イカの中身を繰り抜いてご飯を詰め込むっていう発想が怖い。
メキシコのマフィアかお前は。”

7時39分北朝鮮がミサイル発射
直後に米・中・韓ともに発射を確認。

30分後の民主党政府の説明。
「我が国としては発射を確認していない」

つまり
北朝鮮ミサイル発射
-直後-
韓国「発射した」
中国「発射した」
米国「発射した」
-30分後-
日本「わかんない」


7時40分には防衛省が確認していた事が明らかにされています。
直後に各国報道や防衛省情報から自民党も発射を確認
ホワイトハウスも記者会見。

日本国内では全国瞬時警報システム(Jアラート)が作動しなかったと報道。
が、それは政府が作動させなかった事が判明。
【Jアラートの伝達見送り=国内に影響なしと判断-政府】
(2012/04/13 時事通信)

これに対する政府の言い訳
【政府関係者「不意を突かれた…」官邸は情報出さず】
(2012/4/13 ANNニュース)

燃料注入だの予定軌道だの
さらには北朝鮮は「13日は最高人民会議開いちゃうよ!」 (※1)

とかやりとりしていたのに
しかも防衛省は発射一分後にはその情報を把握していたにも係わらず
30分後の政府側は把握していないと説明。
司令塔の部分である野田内閣だけが情報を処理できていない状態になっている事が明らかです。

ミサイルは東京には10分ちょいで届く計算で
このような無能政府では確実にアウトだったことがわかります。

さらに防衛大臣でありながら発射情報をきちんと把握できていなかった田中直紀は
【田中防衛相「使命を果たせた」】
(2012/4/13 産経新聞)

さて、以上のことをまとめてシンプルに書くとこうなるかと思います。

———
北「ミサイル撃つよ。あと予定軌道教えるよ」
日「おk、PAC3とか配備した」

北「発射台のせたよ」
日「ばっちこい」

北「燃料いれたよ」

北「発射!」

米「発射確認!」
中「発射確認!」
韓「発射確認!」

防衛省「ミサイル発射確認しました!」
自民「発射したってよ」
日「え?何?わかんない」

米・中・韓「ミサイルは途中で分解」

日「急にミサイルが来たので・・・」

田中直紀「国民の生命と財産を守る使命を果たせた!(キリッ)」
———

・・・まじで日本の安全保障において一番の危険要因は民主党です。

702 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2012/03/23(金) 23:06:52.72 ID:dpMGGjgD0 
■欧米の考え方
○ 災害は努力をしても技術レベルに応じて必ず起こる
○ 災害防止は、技術的問題である
○ 人の対策よりも技術的対策を優先
○ 人は必ず間違いを犯すものであるから、技術力の向上がなければ安全確保はできない
○ 設備の安全化とともに、事故が起こっても重大災害に至らない技術対策
○ 災害のひどさ低減化技術の努力
○ 安全は基本的にコストがかかる
○ 安全にはコストをかける
○ 危険源を洗い出し、そのリスクを評価し、評価に応じてコストをかけ、
  起こるはずの災害の低減化努力をし、様々な技術、道具が生まれた
○ 論理的に安全を立証する技術(安全確認型技術)
○ 強度率(重大災害)の重視

■日本の考え方
○ 災害は努力すれば二度と起こらないようにできる
○ 災害の主原因は人である
○ 技術対策よりも人の対策を優先
○ 管理体制をつくり、人の教育訓練をし、規制を強化すれば安全は確保できる
○ 安全衛生法で人及び施設の安全化を目指し、災害が発生するたびに規制を強化
○ 安全は基本的にただである
○ 安全にコストを認めにくい
○ 目に見える「具体的危険」に対して最低限のコストで対応し、
  起こらないはずの災害対策に、技術的深掘りはしなかった
○ 見つけた危険をなくす技術(危険検出型技術)
○ 度数率(発生件数)の重視


国庫が底をついてきた時、桓公が管仲に尋ねた。

「この際、家屋に税をかけたいが、どうだろう」

「そんなことをすれば、人民は現に建っている家屋まで壊してしまいます」

「人頭税なら、どうか」

「なりません。人民は家族数の申告を偽ります」

「ならば、家畜に税をかけよう」

「それもなりません。家畜をむざむざ殺してしまいます」

「うーむ。樹木の税ならかまうまい」

「これまたなりません。せっかくの樹木を伐り倒してしまいます」

「あれもいかん、これもいかんというなら、いったい何に税をかければいいのだ」

「死者におかけになってはどうでしょう」

桓公は、顔を真っ赤にして、怒鳴った。

「人民、家屋、家畜、樹木でさえだめだというのに、死者に課税できるとでも言うのか」

管仲が答えた。

「かつてギョウ帝に5人の重臣がおりましたが、今日、彼らの祭祀は途絶えたままになっております。そこでまず、彼ら5人の祭祀を執り行い、次いで子孫の絶えた功労者の祭祀を復活させるのです。その際、春には蘭を献じ、秋には菊を飾り、大小の魚を供え物にすれば、魚はたちまち値上がりし、その税収は百倍にも達しましょう。さすれば、現行の税を取るまでもなく、国庫は十分に潤います。このうえ人民に税を課す必要がどこにありましょう」

これは、一種の公共事業にあたるだろうか?エジプトのピラミッドも公共事業の意味があったと聞いたことがあるが、紀元前からこういう発想があったのは興味深い。


さよう。上記のヤンキードラマは、全体として、「悪いのはキミたちじゃない。世間の方だ」という主張を繰り返している。でなくても、プロットの中でヤンキーを称揚し、慰安し、英雄化している。

 であるから、いずれのドラマにおいても、「ヤンキー」および「やくざ」は、肯定的に描写される。

 番組内のヤンキーは、「愛嬌があって」「個性的で」「正義感が強くて」「仲間思いで」「弱いモノいじめが大嫌い」なキャラクターとして描かれる。ただ、「カッっとなりやす」くて「計算が苦手」であるがゆえに、後先を考えずについつい法律を犯してしまう場合もある……と。

 こんなバカな(←つまり、ヤクザにとって都合の良い)キャラ設定があってたまるものか、と、少年課の警察官の皆さんは心を痛めている……はずなのだが、こっちの方が受けるのだから仕方がない。

 一方、「優等生」の描かれ方は、ほとんど「差別的」ですらある。

 冷酷で計算高くて型にハマっていて小心者でマザコンで、利己主義でケチくさくて成績にしか興味がない。そのうえ、人間が薄っぺらで、他人を数字でしか評価しない了見の狭さゆえに友だちが少なくて、孤独で、そのくせ傲慢で……と。


702 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2012/03/23(金) 23:06:52.72 ID:dpMGGjgD0 
■欧米の考え方
○ 災害は努力をしても技術レベルに応じて必ず起こる
○ 災害防止は、技術的問題である
○ 人の対策よりも技術的対策を優先
○ 人は必ず間違いを犯すものであるから、技術力の向上がなければ安全確保はできない
○ 設備の安全化とともに、事故が起こっても重大災害に至らない技術対策
○ 災害のひどさ低減化技術の努力
○ 安全は基本的にコストがかかる
○ 安全にはコストをかける
○ 危険源を洗い出し、そのリスクを評価し、評価に応じてコストをかけ、
  起こるはずの災害の低減化努力をし、様々な技術、道具が生まれた
○ 論理的に安全を立証する技術(安全確認型技術)
○ 強度率(重大災害)の重視

■日本の考え方
○ 災害は努力すれば二度と起こらないようにできる
○ 災害の主原因は人である
○ 技術対策よりも人の対策を優先
○ 管理体制をつくり、人の教育訓練をし、規制を強化すれば安全は確保できる
○ 安全衛生法で人及び施設の安全化を目指し、災害が発生するたびに規制を強化
○ 安全は基本的にただである
○ 安全にコストを認めにくい
○ 目に見える「具体的危険」に対して最低限のコストで対応し、
  起こらないはずの災害対策に、技術的深掘りはしなかった
○ 見つけた危険をなくす技術(危険検出型技術)
○ 度数率(発生件数)の重視


“「24時間テレビ」司会の徳光和夫氏が難病で亡くなった子供のドラマを見て涙声で「感動をありがとう!」と言ったが、子供が亡くなっているのに「感動をありがとう!」って表現があるのだろうか!?”

Twitter / 永野秀樹 (via ssbt) (via gkojaz, gkojaz)

2010-09-03

(via gkojaz) (via yaruo, yaruo)

――今後、企業はどう変わるのか。

 企業が社員に給料を払うのは、本来的に矛盾がある。
給料を払って、社員が合理的であるかぎり、社員は働き惜しみをする。
働かないほうが得。
どんなに働いても給料は上がらない。
そうすると、会社の中では最低限しか働かない人ばかりになる。
仕事の内容はどんどん変わるのに、今の人員の固定費で精一杯で、新しく新人を採れない。そうなると、人がなんで働くのか、というと、この人のため、と思わないと働かない。
「キャラクター化」しない企業は、おカネしか目的のない人しか残らない。
そうなると、ますます儲からなくなる。
 一方、「キャラクター化」した企業、つまり「この人がいるから働く」という人がいる小さい企業ばかりになる。
大企業がそういう顔の見える小さな企業に分裂していく。
次の社会は、国民の7割が失業者とも言えるし、評価社会で食べていける社会と言える。

 明治時代の小説読んだら、旦那さんが1人働いて、15~20人が周りで食えていた。
 サザエさんは、波平さんとマスオさん2人が働いて、7~8人が食えていた。
 豊かな社会。クレヨンしんちゃんは、2人が働いて1人が食べている。
 歴史が後ろに行くにつれ、働く人数によって養える人数が激減している。
 経済が成長しているように見えて、貧しくなっている。今後、豊かな社会というのは、5人に1人が労働してくれて、残りがありがたがる社会。
 失業しても、食べていける。毎日の楽しみもほとんど減らない。無料の楽しみが溢れているから。それは有料で楽しむ人が人口の数%いるから、無料で楽しめる。


――個人は何をすればいいのか。

 単純に好かれればいい。
 5人に1人が働く社会では、4人はぶらさがる。
 その4人は嫌われなければいい。喜んで奢ってもらえる人になればいい。愛されニートになる、ということ。
 でも評価はどんどん変わる。だから悪いことはしてはいけない。楽園ではない。
 でも、かなりの人がおカネや仕事から自由になるという意味では、いい社会。